2013/06/27

(No.2009): 晃一郎と吉之助(六月二十四日 提唱会)


ばたばたといつもの裸足の足音が階段を上がってくる。
晃一郎はその音で目を覚ました。
畳の上へごろんとなったままいつの間にか
眠ってしまったようだ。
ぼんやりと天井の染みを見つめながら足音の行方を
追っていた。

梅雨のさなか六月末とはいえ今日は朝から気持ちよく
晴れ渡っている。珍しく湿度もずいぶんと低い。
それだから、二階家のこの部屋の表通りを見下ろす
一尺ほどの小窓も、襖も、大仰に開け放たれ、
階段を経由して、階下へ風がよく抜けている。

「晃さん、晃さん!」

吉之助が階下から駆け上がりながら叫んだ。
晃一郎はその声の煩わしさにいくぶん湿度が上がった
ような気になりながら上半身を起こした。
頭を掻きつつ一つ大きな欠伸をして言った。

「おめぇ、もちっと気ぃ使っちゃぁどうだ」
「晃さん、寝てる場合じゃねぇよ」

と言いながら部屋へ転がるように吉之助が入ってきた。

「なんでぇ、どうしたってぇんだよ」

晃一郎はまた一つ欠伸を掻いてさらに続けた。

「おいら昨日からエイブルトンライブの
バージョンアップやってて存分にゃ寝てねぇんだ」

見ると晃一郎の寝ていた頭の方にMacBookAirと
TASCAMのオーディオインターフェイスが畳の上へ
てんでに置いてある。
MacBookAirはスリープ状態なのか画面は暗い。

「いよいよ九にするんですかい」
「まぁな、提唱会も終わったことだしなここいらで・・」

それを聞いて吉之助がはたはたと手を振りながら、

「て、提唱会、提唱会!提唱会のこと聞かせておくんない」
「六月二十四日、小石川区大塚辻町での提唱会、か・・」
「そいつを聞きたくて飛んで来たんでさ。
あんべぇ(塩梅)はどうだったんでぇ」
「軍装のあの二人、上野区軍律立憲政策関係者だがよ、
提唱会直後、奴らぁ浮かれてたよ」
「浮かれとんちきてぇやつで?うめぇことやりやがった」
「それが、そうじゃぁねぇんだ」
「てと?」
「提唱会の次の日のことよ」

晃一郎はちゃぶ台の湯呑をつかむと、残っていた白湯を
一口に飲みほした。

「おいらもまだ見ちゃいねぇんだが、提唱会を記録した
ディーヴィディーがある」
「そんなのがあるんなら、おいらにも見せてもらいてぇ」
「軍装の髪の長い方が見たらしいんだが、そこによ、
琴古主が映ってるってぇ話しだ」
「ことふるぬし?」
「琴古主(ことふるぬし)ってぇな、ものの化だ」
「もののけっ!」
「それで、奴つらぁそいつを落とすために、またなんか
おっ始めようっていう腹らしいぜ」

晃一郎は空になった湯呑をちゃぶ台に置いて続けた。

「秋までぁ待てねぇらしい」
「その、おっ始めようっていうことがですかい」
「何をしでかそぉってぇのか、おいらにもよっくは
わかんねぇんだが、提唱会の仕切り直しってぇ噂だ」
「仕切り直しってぇと、また提唱会をやるってぇことに
なるんですかい」
「ああ、だけどもよぉ、ただの提唱会じゃぁねぇだろ
とおいらは踏んでるんでぇ」

晃一郎はまくれ上がった着物の裾を一つぱんとからげて
立ち上がると、小窓まで行き外を眺めた。

真上から射す日差しの下、陽炎で歪む上野切通の停留所から
銀座尾張町行きの東京市電が出るところだった。
ガタンゴトンと左右に揺れながら表通りを走って来る。
それを見下ろしながら、もう空はすでに夏のそれだな
と晃一郎は思った。






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